
(除く女性関係:家庭崩壊回避のため(^^;))
こんにち,こんなプータローが,まがりなりにも土木屋としてやっていけてるのも,
職場復帰当時九州支店長だった,西村○信 元副社長のお陰と感謝しています.
(何せ怪我したのは試雇期間中であり,ほなサイナラと言われても
文句の言えない立場だった私を,
九州支店で面倒見よう といってくれたのが当時の支店長でした)
そんな西村翁から,氏の退職後に自伝 『燃えて70年』 を贈って戴きました.
お孫さんたちに自分の生きざまを残したかったとのこと.
一気に読ませて頂きましたが,その内容は,痛快な熱血漢の出世物語と様々な人々との交友録でした.
まえがきから,燃えるとは何かということを抜粋します.
(翁の了解は得ていませんが私のすることです,笑って許して下さるでしょう)
『私の人生は人に自慢できるほどの立派なものではないが「燃えた」ものであったと思う.
「燃える」ということは,目標に対して一生懸命努力する.
目標は人生の流れの中で,その都度変化すると思うが,自分の心の中で
「やる気をおこす.そして頑張る」ことであろう』
ここに書きしるす履歴書は,私の独立までの経緯です.
たまたまホームページを作り始めてこうして振返ると,本当に色々な人のお陰で現在があるのだなと痛感します.
強がりで,一匹狼とは言ってますが,多くの方々のお陰で生かさせてもらってるんですね.
これからもそうなんでしょう.インターネットのお陰で更に出会いが増えそうですし.
いろんな人とのご縁は大切にしないといけませんね.
いずれは『つぶやき』のコーナーの中から,
場末の下請設計事務所奮闘記を抜粋してこちらと併せてとりまとめ
山梨のおいっこ・めいっこたちに
『車椅子でもなんとか?0年』
とでも題して送りたいと思っています.
『人生いつ何が起こるかわからないけど,前向きに,前向きに生きれば,まあ結構なんとかなるよ』・・と.
番号若いのが古い奴です.初めての方は画面をスクロールして一番下からどうぞ.
いよいよ大ちゃん待望のお涙頂戴路線の始まりです.
・・・と思いましたがここまでにしておきます.
これを書いてしまうと,何か人生終ったような気分になりそうですので.
このまま吊して,最後の更新ネタにとっておきますね.
業界引退の時,このホームページをたたむ直前に,一気に書き上げることにします.(↑’98.3.21)
最近,このコーナーに『読めないじゃないか』という苦情を頂いたので,補足説明をしておきましょう.
上記日付で入稿しましたが,上にも書いてるとおり,はじめは一話ずつ載せようと思いましたが
恥ずかしいので,標題だけにとどめているのです.
まぁ,内容は古巣のご友人には大体察していただけるもので,興味を引けるかな・・・と
思っていたのですが,・・・・WEB上にはもっと面白い読物がたくさんありますから.
それに,『五体不満足』を読んでみて『こんな,お涙頂戴の よくある障害者本』のようなものは
もう,とっても古いんですね・・・コンセプトとしては.
爽やかに生きないといけません(^^)・・・・ということで,本コーナーは永久に凍結保存です.
悪しからず>ふちがみさん m(_ _)m (’99.6.25)
7.桜明寮と和の芽コーラスとわたなべさんとうえやまさんとよしのさん