
土木屋BUNの台湾新幹線建設日記
まだお会いしたこともない名古屋におられた伊藤さんが,台湾の新幹線の現場に転勤されました.(’00.4〜)
某中堅ゼネコンにお勤めの,わたしとは全く同世代の方です.
ご当人の了解は得ていませんが,『落書帳』への書き込みはいずれ消えてしまうので,折角ですから
更新ネタとして略奪です・・・・(^^;)
伊藤さん,気楽に投稿して下さい.
↓以下の一人称は 伊藤さんです.
時は流れて・・・・(’01.12.1)
伊藤さんお気を悪くされたのか,忙しすぎてネットに出る暇もないのか・・・
書き込みしていただけないようなので・・・倉庫になおしましょう.
そのウチ復活しますように・・・m(_ _)m.
夕べは、私の新入社員時代の直接上司:A氏(現在は台北下水作業所長)が、泊まりかけで新幹線建設事務所
の戦陣見舞いに駆けつけてくれましたので、残業はソコソコに、「李太太海鮮中心」:
(リ−おばさんの海産物センタ−)という高級レストランに、年一度あるかどうかのの豪華な食事に出かけました。
メニュ−は、伊勢エビの刺身、同ガラの味噌汁、ハマチの刺身、同ガラの唐揚げ、牡蠣の刺身、同グラタン、蛤と
青菜炒め、エビの踊り etc.と ビ−ル10本、日本酒2本、紹興酒1本、黄酒1本、ウ−ロン茶2本 etc・・。
これらを6人で残さずたいらげ、総額8,600 NT$
(現在RATEで29,660日本円)一人当たり1,430 NT$(4,940日本円)です。
因みに通常の食費は、1日3食で250 NT$(860日本円)程度です。
台北市内では、これ程ではないようですが、台湾の地方都市では、飲食代は大変安いのです。
(会社員給料も日本人国内給の50%程度が最高額のようです。)
先々週は、通勤用の自転車を 1,680 NT$(5,790日本円)で購入し、数少ない晴天日には、たった5分間の
快適な通勤を楽しんでおりましたが、10日後にペダルが砕けて乗れなくなりました。
修理代は 50 NT$で済みましたが・・。
残念ながら未経験の風俗系夜遊びは日本の約2倍だそうです。
次回からは、少しずつ業務の話題を載せる予定です。
CIVIL-ENGINEER BUN @ Chupei City, Hsinchu Country, R.O.C
台湾では、本日はメ−デ−のため、一般的に会社は一斉休業です。
そこで、我がC220工区−台湾高速鐵路建設事務所も御多分に漏れず、全休日となっています。
にも関わらず我が設計部は、部長を含めて5名中4名の職員が、休日出勤となってしまいました。
休日を執っているのは、台湾人で橋梁上部工の自称エキスパ−ト:L氏のみです。
今回の建設共同企業体は、名称を「DCK−JV」と申しまして、日本人が32名、台湾人が20名、スコットランド人
が2名、フランス人が1名、カナダ人が1名の合計56名で現在構成されています。
(JV職員数は、まだ増えるかも知れない)
事務所内では毎日、英語・台湾語・日本語が飛び交っていますが、日本語すらも完全に使い切れない私は、辛い
思いをしています。仕事上(発注者、専門業者との打合せ等)では、英語が中心に用いられます。
自分では相手の言葉の3割位は理解できている気になっているのですが、英語の語彙に乏しいため、ほとんどまと
もに応えることができません。
書類作成では、パソコンの翻訳ソフトを使ってみるのですが、英語から日本語の場合も、日本語から英語の場合も
、あまりに直訳調の文体で全く意味が通じません。
生活面では、ホテルのフロント以外ほとんど日本語が通じないのですが、買い物や食事の時は、知っている数少
ない台湾単語と、日本語を発音しながらのボディランゲィジで何とか意志は伝わっているようです。
仕事の中身より、言葉の問題で悩むことの多い現在ですが、この現場が終わって日本に帰るころには、英語も
台湾語もペラペラなってやる!!
名古屋支店にいた時より時間外勤務が増加した
土木屋BUN @ 中華民国新竹縣竹北市博愛街
P.S. 折角有り難いお言葉をいただきましたが、新コ−ナ−開設の件は何卒御容赦下さい。
コ−ナ−開設直後にネタ切れとなってしまうこと必至ですから、気ままな時間・気ままな内容で
落書帳に投稿させて貰おうと思います。